2016/06/13

北山ハイマートの旅(麗杉荘・北山荘から二ノ瀬ユリ)

北山ハイマートの旅(麗杉荘・北山荘から二ノ瀬ユリ)
〇 日程:2016年6月11日(土)

〇 目的:北山ブーム発祥の地の山小屋・峠・旧道(二ノ瀬ユリなど)を辿る

〇 山域:雲ケ畑出合橋奥の中津川源頭の地域から、貴船川の山域

〇 メンバー:会長、Ha田、M本、N泉、S古、M岡、H開、N上、S字、K村、T内(L)、西原(12名)

〇 天気:晴れ時々曇り

〇 時間記録(全8時間):
9:25雲ケ畑出合橋出発 ~ 10:40直谷山荘 ~ 11:00麗杉荘(れいさんそう) ~ 11:40アズキ坂 ~
11:45初代山小舎(旧北山荘)~ 11:47今西錦司レリーフ~ 12:00-12:30北山荘(昼食) ~ 12:50柳谷峠
~ 13:00魚谷山 ~ 13:10柳谷峠 ~ 13:30 P820 ~ 13:42 P785 ~ 14:07芹生峠遠望 ~ 14:23P760
~ 14:56滝谷峠 ~ 16:00貴船山△699.4 ~ 16:05樋ノ水峠 ~ 16:45 P450分岐 ~ 17:25二ノ瀬


0 「初登山」今西錦司 他一冊
1 直谷山荘
2 麗杉荘

3 京都北山と丹波高原のグラビア
4 名著揃いby森本次男
5 北山荘
7 芹生西付近(旧道記入)

京都北山は、多くの人を惹きつけ、かつその人生を狂わせて(?) きた山域である。
北山の話はいくら書いても尽きないし、私自身の思い入れもヒジョーに強い。
その歴史については、とりあえず、「京の北山ものがたり」(斎藤清明著、松籟社、1992)と「初登山:今西錦司初期山岳著作集」(斎藤編、ナカニシヤ出版、1994)を紹介するにとどめておきたい。(写真参照)今回のハイマ-ト巡りの目玉は、北山登山史に止まらず、日本の登山史にも記憶されるべき、山小屋4態の訪問である。

すなわち、
廃墟:旧山小舎(初代北山荘):今は跡地に看板を残すのみ。(1927昭和2~1942昭和17)

残骸:直谷山荘(すぎたにさんそう):すぎたに、すぐたに、すんだに etc. いろいろな読み方がある。

倒壊途上:麗杉荘(れいさんそう):「樹林の山旅」を著した森本次男ら。1935昭和10~。(写真参照)

現役:北山荘:1942昭和17~。今西錦司1902-1992、高橋健治1903-1947、西堀栄三郎1903-1989。

詳細記述は、すべて割愛します。

ただ、これらの山小屋が建てられた頃はというと、登山道、スキーゲレンデ、マイカー、ガイドブック、登山ウェアや道具など、一切が無い時代だったということに思いを馳せたいと思います。
なーんにも無かったなんて、想像するだけでもワクワクします。
あるのは、使い古した服と、時間と、好奇心と、自分の足だけ・・・、なんと羨ましいことか。


京都ゼニーツクラブの今回の定例は、三高山岳部報告第五号(1927)所載の “芹生峠附近”(今西錦司)に触発されて企画しました。(三高山岳部報告は、たぶん、ナカニシヤ出版主人が所蔵しておられると思います)


という次第で、本報告に2つの資料をオマケに添えておきます:

①雪山讃歌の歌詞:往時の山の雰囲気をよく伝えています
雪山讃歌(一部)♪(西堀栄三郎ら、原曲:いとしのクレメンタイン Oh My Darling, Klementine):

1.雪よ岩よわれらが宿り  おれたちゃ町には住めないからに (くりかえし)
2.シールはずしてパイプの煙  輝く尾根に春風そよぐ (くりかえし)
3.けむい小屋でも黄金(こがね)の御殿  早く行こうよ谷間の小屋へ (くりかえし)
4.テントの中でも月見はできる  雨が降ったらぬれればいいさ (くりかえし)
5.山よ さよならごきげんよろしゅう  また来る時にも笑っておくれ (くりかえし)


②今西の“芹生峠附近”の顰に倣って、 “芹生峠西付近”の地図を付録しておきます。
地図への註:往時は、二ノ瀬ユリ~滝谷峠~豆ノ木谷~アズキ坂~旧山小舎(太い破線で示す)がメインコース



梅雨を控えたこの時期、危ぶまれた空模様も、ふたを開ければ最高の天気。
そして、素晴らしいメンバーに恵まれた忘れられない山旅(ヴァンデルンク)でした。
皆さまありがとうございました。     
(西原記)
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