2016/12/06

秋深き近江坂(馬道)

〇 日程:2016年11月26日(土)~27日(日)

〇 目的:若狭と近江を結ぶ千年古道 “近江坂” の核心部の古道を辿る

〇 山域:若狭街道(国道303号線、九里半越)の北にわだかまる県境尾根の山域

〇 メンバー:会長、K村、Y里shun、M本、O濱、 L西原 (6名)

〇 天気:初日晴れ、第2日雨

〇 時間記録(全8時間):
11/26(土):9:15朽木市場のローソン ~ 10:30闇見神社 ~八幡谷【近江坂】経由
~ 12:30能登越 ~ 13:30能登郷跡(昼食) ~ 14:30 BCテント設営
11/27(日):5:30 起床 ~ 6:45 BC出発 ~ 7:20大日尾根P784 ~ 8:00三重岳分岐P854
~ 9:30大御影山▲950m ~ 12:00 BC帰着 ~ 15:00闇見神社帰着



1 取付き

2 さっそく古道が

3 能登越より(多田ヶ岳・青葉山・久須夜ヶ岳・日本海)

4 能登郷跡で日だまりランチ(天増川源頭附近)

5 林間の快適テント

6 さぁ鶏ナベですよ~、M本さん、K村さんありがとう

7 天空の雲谷山

8 山深い近江坂

9 大御影山到着:けっこう遠かった


個人的なことから書き始めることをお許し下さい。
45年前の4月、私は北山クラブ会長金久昌業(かねひさ まさなり)と能登越の峠に立って、若狭の村落を見下ろしていました。10年に及ぶ近江坂の解明がほぼ完成していた会長さんは、最後の未解明の場所、能登郷跡の前後3kmの同定の完遂を期しておられたのです。
その顛末は金久著「京都北部の山々」(創元社p.182,1973 ¥550)に詳しい。
 私自身はその後、関東に移り、その間、金久会長は1982年に他界、星霜がいと疾く移っていきました。
今回の企画は、その記憶をたどって故会長を偲ぶのが目的でした。個人的な動機で計画してしまい申し訳ありませんでしたが、子のなかった会長の子を自認する私としては、ゼニーツの素晴らしい仲間と古道彷徨を楽しませていただいたことは、何物にも代えがたい嬉しいことだったのです。

 この企画で、近江坂の未解明部分について、次のような感想を持ちました:
(1) 近江坂は、三重岳分岐P854から北尾根(大日尾根)に向かっていることはほぼ間違いない。
P854の北尾根に数カ所、古道の痕跡が認められたことによる。
(2) 近江坂は、大日尾根P784から南西に派生する送電鉄塔尾根上はない、と思われる。
とはいえ、それより下流にはない。一方、天増川源流の周回尾根上にもない(踏査済み)。
(3) 能登越から能登郷跡への径路は、今回採った谷だと思う。悪路であるが、整備は困難でない。
(4) この一帯の尾根には、街道としての古道が、クモの巣のように錯綜して走っている。

今回の山行は、Y村会長始め、バランスの取れたメンバーに助けられて、楽しく安心して歩くことができました。なんとラッキーな自分かと思っています。
前々日から食事を用意していただいた方、調理の鍋奉行を買っていただいた方、力を貸していただいた方、一生懸命ついてきて下さった方、有り難い限りです。
高島トレイル、大日尾根、近江坂の走る尾根道の美しさは、言葉を失います。
霧に霞むブナの森、木地師の森での幕営、三重岳と対峙する深い谷、その間を縫って走る深く掘れた古道・・・、それらを思い出しながら、また旅をしたいと思います。
よろしくお願いします。
(西原記)
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